雄一の本棚
感想

辻村深月の作品は何度も読んでいるが、この『凍りのくじら』は本当に特別だった。慎重に選んで手に取った判断は正解だったと確信させてくれる一冊である。 高校生の理帆子という少女と、彼女を取り巻く不思議な出来事が織りなすストーリーは、一見すると青春小説に見えて、実は深い思想的な問いかけを含んでいる。藤子・F・不二雄への向き合い方を通じて、作者は「創作とは何か」「他者とは何か」を静かに問い直している。その手法が見事だ。 物語の展開は予想を裏切り続けるが、決して奇抜さを狙ったものではない。むしろ緻密な構成の中で、読者を少しずつ別の景色へと誘う。54歳になって様々な作品を読んできたが、こうした繊細な筆運びに出会うのは稀である。 終盤の仕掛けには、大人として読むからこそ響く重みがある。人生で大切なものを失った経験のある者なら、その切実さがより一層胸に迫るだろう。何度も読み返したい、そう思わせてくれる傑作に出会えた喜びは何物にも代え難い。