雄一の本棚
感想

慎重に手に取った一冊だったが、その判断は正解だった。 母親の手記と娘の回想が交錯する構成で、一つの事件へと迫っていく手法は見事というほかない。表面的な「愛」の物語ではなく、家族関係のより深い部分——言葉にならない感情や時間の経過とともに変わっていく関係性——に真摯に向き合った作品だ。 読み始めた時点では事件の真相に引き込まれるだろうと予想していたが、実際に深まるのはそれ以上に「なぜそれが起きたのか」という問い掛けだ。十一年前の台風の日から現在までの時間の重みが、丁寧に描写されていく。完璧だと思い込んでいた親子関係にも、見落とされた隙間があったのではないか——そうした疑問が次々と浮かぶ。 中年になった今だからこそ、親としての視点と子としての視点の両方で考えさせられる内容だった。「母性」というタイトルが指し示すものが、単純ではなく、むしろ複雑で痛みを伴うものであることが、静かに心に響く。新潮文庫の判型で何度も読み返したくなる傑作である。

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