最近、新聞で映画化のニュースを見かけてから、この本が気になってしょうがなかった。93歳の佐藤愛子さんが書いた『九十歳。何がめでたい』だ。 手に取ってみると、タイトルから漂う「ヤケクソ」の匂いに引き込まれた。同じような年代を迎えつつある身としては、正直なところ、ありのままの年寄りの気持ちが書かれているのが何ともいい。世間一般的な「敬老の日」的な美化された老人像なんか吹き飛ぶような、本当の人間くささが溢れている。 『女性セブン』に連載されていたというだけあって、一篇一篇が読みやすく、どこからでも拾い読みできるのがありがたい。いちいち背を正して読む必要もなく、気の向いた時に手に取って、クスッと笑ったり、深く頷いたりできる。これぞエッセイの醍醐味だと思う。 作家としての幕を下ろしたはずが、再び上げたという背景も興味深い。長く生きてきたからこそ見える世界、言える言葉がこんなに生き生きしているのは素晴らしい。映画も見てみたいと思わせる一冊だ。
最近登録された他の本の感想
2026年09月13日
80年も生きていますと、時代とともに変わる教育や読書の在り方について、ついつい考えてしまいます。このセット本を手にしたのは、今どきの若い世代にどんな作品が推奨されているのか確認したいという好奇心からでした。 開いてみると、懐かしい作品から現代の話題作まで、実に上手く選書されていますね。夏目漱石や芥川龍之介といった古典の傑作はもちろんですが、近年注目されている作家の作品も含まれていて、時流を感じさせます。何より各巻の構成が工夫されており、難度も段階的に上がっていく。昔の国語の教科書よりよほど洗練されています。 退職後、読書の時間を大切にしてきましたが、この企画は単なる教材ではなく、日本文学の奥深さを幅広く味わうための良い案内役となっています。孫たちへの贈り物としても最適でしょう。わが国の文学の粋が、これ一セットに凝縮されている。長く愛読される一冊として価値があると思われます。
2026年08月30日
新聞の書評欄で話題になっていたので、文庫本が出たのを機に手に取ってみました。最近のミステリはどうなっているのか、知りたいという好奇心もありましてね。 いやはや、驚きました。二つの事件が複雑に絡み合う構成、そして予想外の展開の連続。作家が謎解きイベントに参加する場面から物語は始まるのですが、ゲームのはずがやがて現実のホラーへと変わっていく緊迫感。一方で記憶喪失の青年をめぐる警察の捜査も並行して進み、二つのストーリーがどう結びつくのか最後までわかりません。 この年になると、安易な結末には満足できなくなっていますが、この作品はそこをしっかり抑えています。催眠術による捜査という興味深い手法も使われており、心理サスペンスとしても秀逸です。800ページを超える長編ですが、ページをめくる手が止まりませんでした。今どきのミステリ小説の実力を思い知らされた一冊です。文庫で読みやすいのも良いですね。
2026年08月27日
昨今、高齢者向けの学習本が話題になっているとのことで、この一冊を手に取ってみました。微分という、かつての学生時代に苦手だった分野を改めて学び直すというのも、なかなか良い刺激になるだろうと思ったのです。 入門編は確かに読み物として楽しく、歴史的背景を交えながら微分の本質が説かれています。この部分は新書らしく、わかりやすい。ただ、中級編以降は数式が増えていき、正直なところ私のような素人には追い切れない部分も出てきました。証明の過程を丁寧に追おうとしても、やはり頭に入りきらない。それでも「読むだけでわかる」というタイトルの通り、完全に理解しなくても、流れとしては把握できるような構成になっているのは工夫だと感じます。 上級編のテイラー展開やオイラーの公式という言葉は聞いたことがあるような、ないような。この深さまで必要か迷うところではあります。全体的には、きちんと書かれた教科書ですが、万人向けとは言い難いというのが率直な感想です。
2026年08月09日
最近、週刊誌の書評欄で大きく取り上げられていたので手に取ってみました。直木賞受賞作という肩書きに少し身構えましたが、いやいや、これは面白い。 便利屋を営む多田と高校時代の友人・行天が巻き込まれるちょっとした騒動の数々。一見すると地味な設定ですが、二人の何気ないやり取りがじつに生き生きしている。私も長く社会人をしてきたので、こういう気の置けない関係というものが実に心地よく感じられます。 話題作だけあって、テンポよく次々と事件が降りかかってくるのですが、どれもが無理なく自然に物語に組み込まれている。著者の書きぶりが巧みなのでしょう。歳を重ねると、派手さよりもこういう人情的な温かさが響くようになりますね。 何度も笑わせられました。昨今の小説の中では珍しく、こちらの気分を高ぶらせてくれる一冊。定年後の私にはちょうど良い、手頃で良質な娯楽作品だと思います。
2026年08月03日
最近、テレビやYouTubeで話題の「四毒抜き」の著者による新作と聞いて、さっそく手に取ってみました。80歳にもなると、健康管理がますます大事になってくるもので、この手の実践的な本には自然と興味が湧いてしまいます。 本書は「四毒抜き」の続編とのことですが、今度は逆に「四得摂り」という形で、積極的に摂るべき食材に焦点を当てています。米、魚・貝・肉、旬の食べ物、発酵食品という四つの柱は、私たち世代が昔から大切にしてきた食事の知恵そのもの。それが現代的な視点で整理されているのが実に良い。 巻末の「身体と食の歳時記」は特に秀逸で、季節ごとに何を食べるべきかが具体的に示されています。長く生きてきた身には、こうした季節の巡りと食の関係は心身ともに響くものがあります。難しい理屈ではなく、実生活ですぐに役立つ内容ばかり。定年後の人生をより良く過ごすための、頼もしい一冊だと感じました。
2026年07月25日
直木賞受賞作という触れ込みで手に取った本ですが、これは本当に素晴らしい作品でした。 一絃琴という、ただ一本の弦で奏でられる楽器を題材にした物語です。明治という時代に、土佐の上士の娘が、祖母から受け継いだこの琴に魅せられ、人生を捧げていく様が見事に描かれています。読んでいて感じるのは、女性たちの矜恃と情念の深さ。結婚によって一度は封印された夢を、夫の理解を得て再び花開かせる苗の人生、そして彼女との確執を通じて伝統を受け継いでいく弟子の蘭子。二人の女性の人生が、一絃琴の音色とともに交差していく様は、本当に感動的です。 文庫本というのも嬉しい。手軽に読めるので、何度も手に取りたくなる。明治の女性たちの生き方を通じて、今を生きる私たちが学べることは多いと思います。話題の作品だけあって、読んで損のない一冊。年配の読者にこそお勧めしたい傑作です。
2026年07月20日
最近、インドの古典に関心を持つようになってね。この『マハーバーラタ』の原典訳は、話題になっているというので手に取ってみました。 第6巻は『バガヴァッド・ギーター』の場面から始まり、戦場での葛藤と大将ビーシュマの活躍が描かれています。インド古典の根本的な思想に触れることができるのは興味深いのですが、正直なところ、いささか読みづらさを感じてしまいました。 80年も人生を送ってくると、できれば物語に没入できる文体を好むようになるのですが、この原典訳はどうしても堅牢で、時折立ち止まって読み返す箇所が多い。もちろん、それが正確な翻訳の証であり、価値があることは理解しています。ただ、娯楽として本を読む身からすると、もう少し読み進める喜びがあってもよかったかなと思います。 インド古典に真摯に向き合いたい方には貴重な一冊でしょう。ただ、気軽に物語を楽しみたい方は、別の形式や翻訳版から入られることをお勧めします。
2026年07月15日
最近、書店の話題本コーナーで目にすることが多かったので、手にとってみました。香りという感覚を主軸にした物語という設定は確かに興味深いのですが、読み進めてみると、やや期待と異なる部分が多くありました。 調香師の天才性と孤独という題材は魅力的ですし、登場人物たちの秘密が香りで解き明かされていく仕掛けも、はじめは面白いと感じました。しかし、中盤以降、その香りと人物の心情の結びつきが少々くどく感じられてしまい、物語のテンポが落ちてしまったような印象です。 また、二人の主人公の関係性の進み方も、やや急ぎ足で唐突に感じる場面がありました。もう少し丁寧に描き込まれていれば、より深い感動があったのではないでしょうか。 話題作ということで期待を持って読みましたが、八十歳の人生経験からすると、もう少し人間関係の機微がじっくり描かれた作品の方が、心に響くように思います。
2026年07月12日
最近、話題の本というのは中身が伴わないことが多いものだが、この『正欲』はそうではなかった。著者の気迫が伝わってくる力強い作品である。 多様性を尊重する時代だからこそ、その言葉の裏側にある矛盾や不都合な真実に目を向けよというメッセージが印象的だ。一見すると善良に見える人物たちが、実は複雑で矛盾した欲望を抱えている。その人間臭さが、ここまでリアルに描かれた長編小説は久しぶりである。 登場人物たちのそれぞれの人生が絡み合い、やがて予期しない形で繋がっていく構成の巧みさもすばらしい。読み始めたら最後まで目が離せなくなる。正直なところ、途中で気づかされることが多くて、読む前の自分には確かに戻れない。八十歳になって、こんな深い余韻を残す小説に出会えるとは思いませんでした。 新潮社の文庫本で手軽に読めるのも良い。話題作というだけでなく、実質ある傑作だと思う。定年後、本をゆっくり味わえる身分になって良かったと感じさせてくれた一冊です。
2026年07月12日
星新一とはもう四十年以上の付き合いになる。若い頃からショートショートの鮮烈さに魅せられ、彼の本は何冊も愛読してきた。その大家が生誕百年を迎えるとあって、この『きまぐれカプセル』を手に取らずにはいられなかった。 本書は単なるエッセイ集ではない。幼少期から晩年まで、時系列で並べられた九十一編を読み進めると、ひとりの知識人の思考の軌跡がありありと浮かび上がってくる。UFOへの熱中、江戸川乱歩との交流、和田誠との友情――これまで知らなかった側面が次々と明かされる。 なによりも驚いたのは、ユーモアの深さだ。五千年後のタイムカプセルに何を入れるか、という発想の豊かさ、そして人生経験から滲み出る達観の味わい。八十の身で読むと、人間が時間とどう向き合うか、という根本的な問題が静かに胸に落ちてくる。真鍋博のカバーイラストも素晴らしく、懐かしさと新しさが交錯する。 話題の一冊というだけでなく、本当に良い本だった。
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