駅伝の季節がやってきたというニュースを見ていて、ふと目に留まったのがこの作品だった。池井戸潤というと、これまでビジネス小説で有名な作家だと思い込んでいたのだが、箱根駅伝を題材にした長編を書いているとは。正直なところ、意外な選択だなと感じたほどだ。 読み始めると、若き大学ランナーたちの青春、そして報道陣の葛藤まで絡み合った複雑な人間ドラマが浮かび上がる。古豪校が陥った低迷から脱却しようとする過程が、丹念に描かれている。主将・青葉隼斗の苦悩と決意には、かつての若い日々を思い出させられた。 80年も生きていると、本来であれば新しい題材には疑わしさを覚えるものだが、この作品は違った。人間の本質——努力、挫折、そして再生——は、時代がどう変わろうとも変わらないのだということが、この小説からは伝わってくる。上巻の終わり方も巧みで、下巻がどうしても読みたくなってしまった。ドラマ化も決まっているとのことだが、この物語の深さを画面でどう表現するのか、楽しみなところである。
最近登録された他の本の感想
2026年08月09日
最近、週刊誌の書評欄で大きく取り上げられていたので手に取ってみました。直木賞受賞作という肩書きに少し身構えましたが、いやいや、これは面白い。 便利屋を営む多田と高校時代の友人・行天が巻き込まれるちょっとした騒動の数々。一見すると地味な設定ですが、二人の何気ないやり取りがじつに生き生きしている。私も長く社会人をしてきたので、こういう気の置けない関係というものが実に心地よく感じられます。 話題作だけあって、テンポよく次々と事件が降りかかってくるのですが、どれもが無理なく自然に物語に組み込まれている。著者の書きぶりが巧みなのでしょう。歳を重ねると、派手さよりもこういう人情的な温かさが響くようになりますね。 何度も笑わせられました。昨今の小説の中では珍しく、こちらの気分を高ぶらせてくれる一冊。定年後の私にはちょうど良い、手頃で良質な娯楽作品だと思います。
2026年08月03日
最近、テレビやYouTubeで話題の「四毒抜き」の著者による新作と聞いて、さっそく手に取ってみました。80歳にもなると、健康管理がますます大事になってくるもので、この手の実践的な本には自然と興味が湧いてしまいます。 本書は「四毒抜き」の続編とのことですが、今度は逆に「四得摂り」という形で、積極的に摂るべき食材に焦点を当てています。米、魚・貝・肉、旬の食べ物、発酵食品という四つの柱は、私たち世代が昔から大切にしてきた食事の知恵そのもの。それが現代的な視点で整理されているのが実に良い。 巻末の「身体と食の歳時記」は特に秀逸で、季節ごとに何を食べるべきかが具体的に示されています。長く生きてきた身には、こうした季節の巡りと食の関係は心身ともに響くものがあります。難しい理屈ではなく、実生活ですぐに役立つ内容ばかり。定年後の人生をより良く過ごすための、頼もしい一冊だと感じました。
2026年07月25日
直木賞受賞作という触れ込みで手に取った本ですが、これは本当に素晴らしい作品でした。 一絃琴という、ただ一本の弦で奏でられる楽器を題材にした物語です。明治という時代に、土佐の上士の娘が、祖母から受け継いだこの琴に魅せられ、人生を捧げていく様が見事に描かれています。読んでいて感じるのは、女性たちの矜恃と情念の深さ。結婚によって一度は封印された夢を、夫の理解を得て再び花開かせる苗の人生、そして彼女との確執を通じて伝統を受け継いでいく弟子の蘭子。二人の女性の人生が、一絃琴の音色とともに交差していく様は、本当に感動的です。 文庫本というのも嬉しい。手軽に読めるので、何度も手に取りたくなる。明治の女性たちの生き方を通じて、今を生きる私たちが学べることは多いと思います。話題の作品だけあって、読んで損のない一冊。年配の読者にこそお勧めしたい傑作です。
2026年07月20日
最近、インドの古典に関心を持つようになってね。この『マハーバーラタ』の原典訳は、話題になっているというので手に取ってみました。 第6巻は『バガヴァッド・ギーター』の場面から始まり、戦場での葛藤と大将ビーシュマの活躍が描かれています。インド古典の根本的な思想に触れることができるのは興味深いのですが、正直なところ、いささか読みづらさを感じてしまいました。 80年も人生を送ってくると、できれば物語に没入できる文体を好むようになるのですが、この原典訳はどうしても堅牢で、時折立ち止まって読み返す箇所が多い。もちろん、それが正確な翻訳の証であり、価値があることは理解しています。ただ、娯楽として本を読む身からすると、もう少し読み進める喜びがあってもよかったかなと思います。 インド古典に真摯に向き合いたい方には貴重な一冊でしょう。ただ、気軽に物語を楽しみたい方は、別の形式や翻訳版から入られることをお勧めします。
2026年07月15日
最近、書店の話題本コーナーで目にすることが多かったので、手にとってみました。香りという感覚を主軸にした物語という設定は確かに興味深いのですが、読み進めてみると、やや期待と異なる部分が多くありました。 調香師の天才性と孤独という題材は魅力的ですし、登場人物たちの秘密が香りで解き明かされていく仕掛けも、はじめは面白いと感じました。しかし、中盤以降、その香りと人物の心情の結びつきが少々くどく感じられてしまい、物語のテンポが落ちてしまったような印象です。 また、二人の主人公の関係性の進み方も、やや急ぎ足で唐突に感じる場面がありました。もう少し丁寧に描き込まれていれば、より深い感動があったのではないでしょうか。 話題作ということで期待を持って読みましたが、八十歳の人生経験からすると、もう少し人間関係の機微がじっくり描かれた作品の方が、心に響くように思います。
2026年07月12日
最近、話題の本というのは中身が伴わないことが多いものだが、この『正欲』はそうではなかった。著者の気迫が伝わってくる力強い作品である。 多様性を尊重する時代だからこそ、その言葉の裏側にある矛盾や不都合な真実に目を向けよというメッセージが印象的だ。一見すると善良に見える人物たちが、実は複雑で矛盾した欲望を抱えている。その人間臭さが、ここまでリアルに描かれた長編小説は久しぶりである。 登場人物たちのそれぞれの人生が絡み合い、やがて予期しない形で繋がっていく構成の巧みさもすばらしい。読み始めたら最後まで目が離せなくなる。正直なところ、途中で気づかされることが多くて、読む前の自分には確かに戻れない。八十歳になって、こんな深い余韻を残す小説に出会えるとは思いませんでした。 新潮社の文庫本で手軽に読めるのも良い。話題作というだけでなく、実質ある傑作だと思う。定年後、本をゆっくり味わえる身分になって良かったと感じさせてくれた一冊です。
2026年07月01日
長年の人生経験を積む中で、この本の存在は何度も耳にしてきた。ようやく手に取る機会を得たが、80年近く生きてきた自分だからこそ、その重みが余計に伝わってくる著作である。 ナチス強制収容所での経験を綴った本書は、単なる歴史記録ではない。極限の状況で人間とは何かを問い直す思索の書だ。著者が述べる通り、人間は同時に最悪と最善を持つ存在なのだ。ガス室という人類の闇と、その中にあってなお祈りを忘れない精神の輝きが対比される。 世代を超えて読み継がれているのが納得できる。若い頃に読むのと、人生の終盤で読むのでは印象が異なるはずだ。自分も幾つかの困難を経験してきたが、この本の前では局所的に見える。そしてそれでもなお、希望を持つことの大切さが身に沁みる。 新版で加筆されたという点も良い。著者の成熟した視点が加わることで、時間経過による新たな意味付けが生まれている。人生100年時代を迎えつつあるいま、全ての世代に勧めたい一冊だ。
2026年06月15日
三部作の完結編とあって、期待して手に取った一冊である。下巻ということで前巻までの流れをしっかり把握していたが、それでも十分に楽しめた。 ゴシック・ロマンスというジャンルは若い頃はあまり読まなかったが、還暦を過ぎた頃から不思議と魅力を感じるようになってきた。本書は魔女の呪いに立ち向かう主人公と仲間たちの絆が軸になっており、愛と希望というテーマが心に響く。主人公ソニアが恋人や友人たちに支えられながら運命に抗う姿は、人生経験を重ねた我々にも深く感じるところがある。 最終巻とはいえ展開に急ぎがなく、丁寧に物語を畳んでいる手腕は見事だ。七つの指輪と呪いの謎が明かされていく過程もよく計算されており、久しぶりに徹夜してでも続きが気になる小説を読んだ気がする。話題作として確かな価値がある。幅広い世代に勧められる良質なエンタメ小説だと思う。
2026年06月14日
孫の就活の話を聞いていて、このSPI対策本が話題になっているというので手に取ってみました。定年後、世間の動きから遠ざかりがちな身としては、こうした時下の話題をキャッチアップするのも悪くないですね。 本書は確かに就職試験対策の定番らしく、売上実績も示されており、信頼性は感じられます。テストセンター、ペーパーテスト、WEBテスティングという三つの方式に対応しているということで、受験生にとっては実用的な一冊なのだろうと思います。 ただ、これは正直なところ、わたしのような高齢者が読んで「ああ、いい本だ」と感動する類の本ではありませんね。実用書としての機能は果たしているのでしょう。問題集としても充実しているのだと思います。けれども、本としての奥深さや、読んでいて心が動かされるような何かがあるかというと、それは期待すべきではないのでしょう。 若い世代の進路支援という役割を果たしている点では評価できますが、わたし自身の読書体験としては、可もなく不可もないというのが率直な感想です。
2026年06月13日
この第16巻も、相変わらず着実なペースで物語が進んでいきました。創価学会の指導者としての人生を描き続けているこのシリーズですが、正直なところ、ここまで来るとやや重複感が否めませんね。 同じテーマが繰り返され、似たような展開が続く。もちろん登場人物たちの深さや葛藤は丁寧に描かれているのですが、80年も生きていると、ある程度の予測がついてしまう。それが良いのか悪いのか、難しいところです。 文庫本という手軽なフォーマットで読めるのは嬉しいことですし、話題の作品をチェックしておきたいという気持ちもわかります。ただ、新たな発見や感動を求める側からすると、少々物足りなさを感じてしまいました。 信仰と人生についての考察は真摯ですし、長く愛読されている理由も理解できます。けれども、個人的には第16巻はこれまでとの違いが薄く感じられました。シリーズの良さは保ちながらも、もう少し新しい視点や展開があれば、より魅力的だったのではと思います。
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