芥川賞を受賞した話題作とあって、さっそく手に取ってみました。吃音という障害を通じて、世間一般とは異なる生き方を貫いた叔父の人生を描いた作品ですが、これが実に味わい深い。 著者の言葉選びの丁寧さに驚かされます。凡庸な言葉への嫌悪という共感しがたいテーマを、丹念に掘り下げていくうちに、読み手も主人公と一緒に深い思索へと導かれていく。人生八十年も過ぎた身からすると、「世の通念から身をかわし続ける」という叔父の生き方には、ある種の潔さを感じます。 選考委員たちが激賞した理由も納得できます。何度も読み返したくなる構成の妙、各エピソードの輝きようは、確かに並の新人作ではない。自営業で好き勝手に生きてきた者として、世間的には奇行と映るかもしれない人生の選択肢を、これほど丁寧に描いた小説は珍しい。 現代文学の新しい可能性を感じさせる傑作です。あちこちに隠された発見を探しながら、もう一度読み返してみようと思っています。
最近登録された他の本の感想
2026年06月15日
孫が「これは本当に面白い」と熱く勧めてくれたのが、この『映画暗殺教室ー卒業編ー』との出会いでした。正直なところ、最初は若い世代向けのメディア化作品かと思っていたのですが、手にとってみて驚きました。 タコ型の怪物が教師という奇想天外な設定なのに、話を進めるにつれて深い人間ドラマが浮かび上がってくる。落ちこぼれだと烙印を押された生徒たちが、一人の変わった教師との関係の中でどう成長していくのか。その過程が実に丁寧に描かれている。80年を生きてきた私でも、思わず引き込まれてしまいました。 特に「卒業編」というタイトルの通り、終わりに向かう物語の緊張感と、そこに込められた友情や別離への向き合い方が素晴らしい。若い読者だけでなく、人生の終幕を意識する年代の者にとっても、心に残るメッセージが詰まっていると感じました。今どきの話題作を読むつもりが、思わぬ収穫を得た一冊です。
2026年06月13日
孫の勉強に付き合うようになってから、世の中の教科書がずいぶん変わっていることに気づかされた。そこで手に取ったのがこの本である。 正直なところ、中学理科など久しく忘れていたが、この改訂版は実に親切だ。左ページの解説がとにかくシンプルで、80にもなると目が疲れるのだが、オールカラー化のおかげで図表が見やすく、理解しやすい。右ページの書き込み問題も無理のない量で、頭に落とし込みやすい。 自営業で長年やってきたが、実は物理や化学の基礎知識があると、仕事の判断にも役立つことがある。大人の学び直しにも適していると謂われるだけあって、この年代が基礎から丁寧に学べる参考書は貴重だ。学習管理シールまでついているとは、細かい気配りが感じられる。 昨今、何かと話題の「リカレント教育」というやつか。いつまで学ぶのかと思いきや、結構面白い。この一冊で理科への向き合い方が変わった気がする。
2026年06月10日
最近、生成AIの話題がどこかしこかで聞こえてくるので、その流れで手に取ってみた。「世界観をつくる」というタイトルに惹かれたのもある。 読んでみると、確かにビジネスとクリエイティブの接点について、俊英二人が丁寧に説いている。情報を意味づけし、それを価値に変えていくという考え方は、自営業を長くやってきた身としても納得できる部分がある。ただ、正直なところ、特に目新しい洞察があるかといえば、そうでもない。 文庫というフォーマットながら、内容はやや硬い講義のような印象で、エッセイのような読みやすさを期待していた分、ちょっと肩透かしを食らった感がある。時代に求められるスキルについての議論は理解できるが、実際の自分の仕事にどう応用するか、という具体性に欠ける気がした。 悪い本ではないが、話題作の割には、もう少し突っ込んだ内容があってもよかったかなと思う。80年も生きていると、新しい概念も結局のところ、古い知恵の焼き直しではないか、という疑いが生じるのかもしれない。
2026年06月07日
最近、書店で話題になっている本をいろいろ手に取っているのだが、この作品は実に興味深い。昭和初頭の2・26事件という歴史的転換点を背景に、北陸の旧家から上京した少年の成長を描いた自伝的長編だという。 80年も生きていると、その時代の空気というものがうっすら記憶に残っている。あの頃の日本は確かに暗く、先の見えない時代だった。本書は、そうした混沌の中で青春を迎えた世代の心情をこまやかに描いているようだ。著者の筆致は丁寧で、歴史の大きな流れの中に個人の詩情をきちんと織り込んでいる。 上巻を読み終えて感じるのは、若き日の理想と現実のぶつかり合いを、実に説得力を持って表現しているということだ。今の若い世代にも、時代を超えて響くものがあるのではないか。篠田一士の解説も秀逸で、作品の背景がよく分かる。 まだ上巻だが、これは下巻も読まずにはいられないな。同じ時代を生きた者として、懐かしくもあり、新しい発見もあり、なかなか良い読書体験ができている。
2026年06月06日
話題の直木賞受賞作だというので、つい手に取ってしまった。最近は新聞や雑誌で良く見かける作品だったからね。 中年男性たちの人生の「中途半端」な局面を描いた短編集。妻との関係、子どもとの距離感、そして自分自身の変化——これらは確かに、人生経験を重ねた者なら共感しやすいテーマだ。著者の視点は優しく、登場人物たちへの向き合い方も丁寧だと感じた。 ただ正直なところ、読み終えての充足感は中程度といったところだろうか。短編という形式の制限もあるのだろうが、各話の深掘りが物足りない気がした。「心に効く」というふれ込みだが、私自身はどこか距離を感じてしまった。人生経験の差、あるいは世代による感受性の違いかもしれない。 それでも、各所で目にする理由は理解できる。若い読者たちにとっては、自分たちの親の世代を理解する手助けになるのだろう。そういう意味では、いい橋渡し役になっている作品だと思う。新刊本として、今この時期に読む価値はあるだろう。
2026年06月06日
話題作ということで手に取った辻村深月の『ファイア・ドーム』下巻だが、これは本当に良い。80を過ぎて商売で得た人生経験が、こういう物語を読むときに活きてくるものだと感じた。 25年前の事件がもたらした傷を、今なお引きずる町の人間関係。その複雑さと、人間が真実とどう向き合うかという問題が、この下巻で見事に収束していく。特に印象的だったのは、誰もが「忘れたい」という感情の中で生きている、というくだり。自分も商売の中で何度も経験した、不都合な出来事をどう処理していくか、その葛藤が痛いほど伝わってくる。 読み終えて、登場人物たちに対する見方が大きく変わった。善悪では片づけられない人間の本質というものが、辻村の手にかかるとこんなにも奥行きをもって立ち現われるのか。上巻から続く物語の終着点として、申し分ない完成度だと思う。世間で話題の理由がよくわかった。人生経験を重ねた読者ほど、この作品の価値を味わえるのではないだろうか。
2026年06月06日
最近、新装版が話題になっていると聞いたので手に取ってみました。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』です。もう随分前に出た作品だと思っていましたが、今なお読み継がれているというのは驚きですね。 福生という米軍基地の街を舞台に、若者たちの退廃的な日々が描かれているわけですが、これが実に生き生きとしている。作品全体を流れるあの独特の空気感は、五十年近く前とは思えません。むしろ時代を超えて、何か普遍的な人間の本質みたいなものを捉えているからでしょう。 新装版ということで改めて読んでみると、綿矢りさの解説も興味深い。同じ作家の視点から見た村上龍の世界というのも悪くない。当時デビュー作でこれだけの表現力を持っていたというのは、やはり文学史的に大きな出来事だったんだなと理解できます。 若い世代がこの作品をどう受け取るのか知りたくなるほど、今読んでも色褪せていない。私も話題の作品として、これは外せないと感じました。
2026年06月01日
最近の若い世代に人気だという西尾維新の『化物語』を手に取ってみた。話題の作品だからと思って、80歳の身でもついつい新しいものに目を向けてしまう悪い癖である。 読んでみると、これは正に若者向けのライトノベルだ。怪異という古くからある題材を現代の高校生活に絡ませた設定は工夫されている。主人公の阿良々木君と次々現れるヒロインたちとのやり取りも、若い読者にとっては楽しいのだろう。会話が多く、テンポよく進む構成も、この手の作品としては上手だと感じた。 ただ、正直なところ私には消化しきれない部分が多い。独特の文体や造語、ポップな表現は現代的ではあるが、読み進めるのに少なからぬ労力が必要だ。さらに言えば、ストーリーとしての深さや、人生経験を積んだ身として響く何かが、正直言って足りない気がする。 悪い作品ではないし、企画の面白さもわかる。ただ世代が違うということだろう。これは若い読者こそが真の評価者だと思う。私が手に取るには、やはり少々畑違いだったか。
2026年06月01日
新・人間革命も第25巻まで来たか。長く愛読しているシリーズだが、この巻は特に心に響くものがあった。 自営業を営む身として、人生の様々な局面で決断を迫られることが多い。本書で描かれる主人公の歩みを読んでいると、困難に直面した時こそ、いかに信念を持って前に進むかが大切なのだと改めて感じさせられる。経営判断に悩んだ時、人間関係に思い悩んだ時、こうした物語の中の言葉や思想が、実に良き指針となってくれるのだ。 80年の人生経験を重ねてなお、新たな発見や学びを与えてくれる作品というのは本当に貴重である。文庫という手軽なフォーマットで、いつでも手に取って読み返すことができるのも利点だ。人間としてどう生きるべきか、その本質を問い続ける著者の姿勢に、深い尊敬の念を覚える。 話題の本として世間で読まれているのも納得できる。若い世代だけでなく、人生経験を積んだ者こそ味わえる深みがある秀作だと思う。
2026年05月06日
最近の話題作とのことで手に取ってみた。就活を控えた大学生たちの内面を描いた作品だという。わたしの時代とは随分と世相が変わったものだ。 小説としての構成はしっかりしており、登場人物たちの葛藤や自問自答の様子が丁寧に描かれている。若い世代が何を考え、何に悩んでいるのか、そうした現代の空気感を感じ取ることができた。著者の観察眼は鋭い。 ただ、正直なところ、これといって心を揺さぶられることもなかった。人生経験が違うせいかもしれないが、登場人物たちの悩みが自分の実感からは少し遠く感じられたのだ。若い読者には違う印象を持つだろう。 話題作として一度は読んでおく価値はある。新潮社の力の入れようも伝わってくる。良い本ではあるが、特に秀でた傑作という程ではなく、およそ及第点といったところだろうか。自営業で長年世を渡ってきたせいか、もう少し人間の本質に迫る描写を求めてしまう。
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