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感想

永井龍男がその生涯を閉じる数日前に妻に語りかけた言葉から始まるこのエッセイ集。最初の一文に引き込まれてしまいました。 神田で生まれ、やがて鎌倉へ――東京の街並みと自分の人生を丁寧に重ねながら綴られた回想録です。関東大震災、処女作の執筆、文芸春秋社での日々。いずれも歴史的な出来事でありながら、著者のまなざしを通すと、ごく身近な風景や人間関係の機微へと変わっていく。その柔らかさに何度も立ち止まってしまいました。 大学院の研究で文献を漁ることが多い身なので、こうした自伝的エッセイは少し敬遠していた部分もあったのですが、決してそんなことはない。むしろ時代との向き合い方、細部への愛おしさの注ぎ方が、深く人を動かす力を持っている。死を意識した著者だからこそ、今ここにあるものへの視線がこんなに澄んでいるんだと感じます。 短編「冬の梢」も含まれていますが、全体を通して一貫した静かな美しさがあります。忙しない日常からふと距離を置きたいときに開きたい、そんな一冊です。