東京の横丁
講談社 | 2016/09/10
みんなの感想
正直なところ、このような文学作品を手に取るのは僕にとって珍しい。新社会人になって余裕が出てきたのか、普段は漫画ばかり読んでいる僕がこの本を選んだのは、ネットのレビューで「東京の風景描写が素晴らしい」という評判を見かけたからです。 読んでみて、本当にその通りだと感じました。著者が自分の人生を振り返りながら描く神田や鎌倉の景色は、映像で見るのとは違う、文字だからこそ伝わる温かみがある。懐かしさや郷愁を感じさせながらも、歴史的な背景もしっかり織り交ぜられていて、知的な満足感も得られます。 特に印象的だったのは、死を覚悟した著者が何を大切にしていたのかが自然と伝わってくるところ。決して重くはなく、むしろ穏やかで静かな読み心地です。新社会人の僕には、人生を見つめ直すきっかけをくれた一冊になりました。慎重に選んでよかった。
永井龍男の最後の著作という触れ込みに惹かれて手に取った。神田の生まれ育ちから鎌倉での最期まで、人生の主要な地点を短篇でたどっていくという構成らしい。 読んでみると、確かに歴史的価値は感じられる。関東大震災を経験した世代の回想として、当時の東京の風景が生き生きと蘇っている部分は興味深い。特に「神田の生れ」や「関東大震災」といった章では、失われた風景への郷愁がほのぼのと伝わってくる。 ただ、正直なところ、全体的には散漫な印象は拭えない。自伝的エッセイという性格上やむを得ないのかもしれないが、各章が独立しており、全体として一つのストーリーが立ち上がる感覚が薄い。死を覚悟した作家の最後の仕事という文脈を持ち込まなければ、これといった強い印象を受けることもなかったと思う。 収録されている短篇「冬の梢」も含めて、静かで落ち着いた品のある作品集ではあるが、気軽に読むにはやや退屈に感じる部分もある。歴史好きや永井龍男のファンには価値があるだろう。
永井龍男がその生涯を閉じる数日前に妻に語りかけた言葉から始まるこのエッセイ集。最初の一文に引き込まれてしまいました。 神田で生まれ、やがて鎌倉へ――東京の街並みと自分の人生を丁寧に重ねながら綴られた回想録です。関東大震災、処女作の執筆、文芸春秋社での日々。いずれも歴史的な出来事でありながら、著者のまなざしを通すと、ごく身近な風景や人間関係の機微へと変わっていく。その柔らかさに何度も立ち止まってしまいました。 大学院の研究で文献を漁ることが多い身なので、こうした自伝的エッセイは少し敬遠していた部分もあったのですが、決してそんなことはない。むしろ時代との向き合い方、細部への愛おしさの注ぎ方が、深く人を動かす力を持っている。死を意識した著者だからこそ、今ここにあるものへの視線がこんなに澄んでいるんだと感じます。 短編「冬の梢」も含まれていますが、全体を通して一貫した静かな美しさがあります。忙しない日常からふと距離を置きたいときに開きたい、そんな一冊です。
永井龍男の『東京の横丁』を読み終わった。最近話題になっていたので手に取ったのだが、これは良い買い物だった。 著者が死を覚悟した状態で綴った作品というのが、読む前から心に重くのしかかっていた。実際に開いてみると、神田での幼少期から文芸春秋社での活動まで、東京という街に刻まれた人生が静謐な筆致で描かれている。特に印象深いのは、大火や関東大震災といった歴史的事件が、決して大仰に書かれていないことだ。むしろ、その中で生きた一個人の視線から淡々と綴られている。 「冬の梢」という短篇も秀逸だ。限られた時間の中で人生を凝視する著者の眼差しが感じられる。58歳となった今、同年代の著者が何を見つめていたのかが切実に伝わってくる。 昭和の東京への郷愁だけでなく、人間が年を重ねることの意味、記憶との向き合い方といった普遍的なテーマが静かに流れている。話題本だからと手に取ったが、その実質に驚かされた。こういう本こそ、この年代だからこそ出会えるありがたさを感じる。