永井龍男の『東京の横丁』を読み終わった。最近話題になっていたので手に取ったのだが、これは良い買い物だった。 著者が死を覚悟した状態で綴った作品というのが、読む前から心に重くのしかかっていた。実際に開いてみると、神田での幼少期から文芸春秋社での活動まで、東京という街に刻まれた人生が静謐な筆致で描かれている。特に印象深いのは、大火や関東大震災といった歴史的事件が、決して大仰に書かれていないことだ。むしろ、その中で生きた一個人の視線から淡々と綴られている。 「冬の梢」という短篇も秀逸だ。限られた時間の中で人生を凝視する著者の眼差しが感じられる。58歳となった今、同年代の著者が何を見つめていたのかが切実に伝わってくる。 昭和の東京への郷愁だけでなく、人間が年を重ねることの意味、記憶との向き合い方といった普遍的なテーマが静かに流れている。話題本だからと手に取ったが、その実質に驚かされた。こういう本こそ、この年代だからこそ出会えるありがたさを感じる。