富士日記(中)
中央公論新社 | 2019/06/20
みんなの感想
日記という形式だからこそ味わえる、あの独特の魅力を改めて感じた。昭和40年代の富士山荘での日常が、さらりと、けれど確かに綴られている。 泰淳との共生の中で、妻として過ごした時間の記録。執筆や講演に追われる夫の傍らで、彼女は四季の移ろいを見つめ、時には愛犬の死という悲しみと向き合っている。こうした出来事ひとつひとつが、ありふれた日常の中に沈潜していく様子が素晴らしい。派手な出来事よりも、何気ない会話や観察が心に残る。 特に良かったのは、大岡昇平夫妻との交流の場面。知識人たちの交流が、気取りなく、生き生きと再現されている。また、富士山の風景描写も秀逸で、その季節季節の色彩が目に浮かぶようだ。 中巻ということで、全体の流れをより深く味わい始める地点だと感じた。こうした日記の世界にどっぷり浸かるのは、現代のせわしない日々から一歩引いて、人生の本質的な時間とは何かを考えさせてくれる。気軽に、気ままに開いて読むのが、こういう作品の最高の楽しみ方だと思う。
話題の新聞広告で目にしたこの作品をようやく手に取りました。泉鏡花の妻による日記を編纂した『富士日記』の中巻です。 昭和40年代、富士山麓の山荘での日常風景が静かに綴られています。夫の泰淳が執筆や選考会で忙しく出かける中、妻がどのような時間を過ごしていたのか。愛犬の死、湖畔での花火大会、大岡昇平夫妻との交流といった出来事が、さらりとした筆致で記されています。 何より驚くのは、この日記が単なる家事記録に留まらず、文学的な価値を持つ作品に仕上がっているということです。巻末のしまおまほによるエッセイも秀逸で、著者の人生観や時代背景についての理解がより深まります。 昨今の「女性作家の再評価」というトレンドの中で、本当に価値のある作品に出会えたという満足感があります。文学愛好者であれば全巻揃えて読む価値は十分。50代の自分たちの世代にも響く、懐かしさと新しさが同居した傑作だと思います。
話題の作品ということで手に取ってみた富士日記の中巻ですが、正直なところ期待値と現実のギャップを感じてしまいました。 泰淳の妻として富士山荘で過ごした日々を記録したという設定は興味深いのですが、日記という形式ゆえに物語性に欠けるというか…。愛犬の死や花火の場面など、心に残るエピソードはあるものの、全体としてはかなり私的で内向的な内容が多く、ページをめくる推進力がどうしても弱い。 あと三巻構成というのが微妙に引っかかります。中巻だけで完結していないせいか、話題性で選んだわりには中途半端な読了感が残ってしまった感じ。もちろん文章としての質は高いし、昭和時代の知識人夫妻の生活模様という歴史的な価値は理解できます。でもエッセイ好きの自分としては、もう少しメッセージ性や著者の思考が前に出た作品の方が、個人的には刺さるのかもしれません。 田村俊子賞受賞作という肩書に惑わされず、自分の好みをちゃんと見つめ直すきっかけになった一冊ではあります。
話題の日記文学ということで、どんな作品か気になって手に取った一冊です。著者が富士山荘で過ごした昭和40年代の日常を綴った日記という珍しい形式で、文学者の妻としての生活や創作の現場を垣間見られるのは興味深いところ。 ただ正直なところ、日々の記述がかなり細かく、当時の時代背景や登場人物との関係性がすべて頭に入っていないと、やや読みづらく感じてしまいました。愛犬の死や湖上花火など印象的なエピソードも確かに素敵なのですが、全体的には散漫な印象が否めません。巻末のエッセイは簡潔でわかりやすいので、むしろこうした解説部分の方に魅力を感じたほどです。 日記という文学的価値を認める読者には評価が高いのかもしれませんが、娯楽小説や実用的なエッセイを好む私からすると、「もう少し読みやすく構成されていたら」と思わずにはいられません。全三巻の完結を目指す気には、正直なりませんでした。