直人の本棚
感想

新潮文庫の新刊情報で見かけた本作を手に取ったのは、最近話題の警察小説だからという理由が大きい。刑事樋口警部補の妻が消えた――その一行に引き込まれ、一気読みしてしまった。 本作の巧妙さは、失踪事件を二つの視点から描くことにある。優秀な刑事である夫の焦燥感と、誘拐犯に監禁された妻の心理描写が交互に展開していく。その構成だけで既に緊張感が保証されているのだが、著者は単なるサスペンスに留まらない。夫婦関係とは何か、信頼とは何かといった根本的な問いまで浮かび上がらせてくる。 58年生きてきて、警察小説は数多く読んできたつもりだが、本作の誠実さと緻密さは格別だ。刑事としての使命感と一人の男としての葛藤の間で揺れ動く樋口の姿に、自分たちの世代が何度も直面した選択と責任の問題が投影される。妻を信じる力がそのまま事件解決の鍵になっていく――その美しさに、最後のページまで目が離せなかった。 話題作として確認するだけでなく、手許に置いておきたい一冊である。

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