石井の本棚
名曲のたくらみ

名曲のたくらみ

松本直美 朝日新聞出版 2026年2月13日

クラシック音楽という一見敷居の高い領域を、ここまで論理的かつ親しみやすく解説した新書に出会うのは珍しいです。 著者は最新の音楽学の知見を駆使しながら、ベートーヴェンやモーツァルトといった巨匠たちの名曲に纏わる「通説」を次々と検証していきます。私たちが信じ込んでいた音楽史のストーリーが、実は後世の創作や誤解に満ちていたという視点は、エンジニア気質の私にとって非常に興味深いものでした。データと根拠に基づいた再検証のプロセスが、まるでデバッグを見守るような知的興奮をもたらします。 何より素晴らしいのは、それでいてクラシック初心者が本当に楽曲を楽しむための「入口」として機能していることです。知識の解体と再構成を通じて、むしろ音楽への新たな向き合い方が生まれる。技術的な深さと親しみやすさの両立は、実は最難関の執筆課題なのですが、この著者はそれを見事にやり遂げています。 クラシックへの既存の価値観をリセットしたい方、あるいは単に「本当は何なのか」という真実への探究心を持つ全ての読者に、強くお勧めしたい一冊です。