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わたくし率 イン 歯ー、または世界

わたくし率 イン 歯ー、または世界

川上 未映子 講談社 2010年7月15日

感想

芥川賞候補作という肩書きに惹かれて手に取った一冊だが、予想を大きく上回る面白さだった。 「歯で考える」という一見奇想天外なコンセプトを、著者は驚くほど自然に、かつリズミカルに紡ぎ出している。歯科助手として働く主人公の日常を通じて、人生における思考と感情の在り方を問い直す――こうした哲学的なテーマが、決して堅苦しくならず、むしろユーモアと温かみを持って立ち現れてくる。 管理職として日々論理的思考を求められる立場にある身としては、「人間はどこで本当に考えているのか」という問いかけが深く響いた。脳ではなく歯で思考するという設定の奇抜さの中に、実は人間の本質に迫る洞察が隠されている。恋人への想いや生まれてくる子への日記という個人的な営みが、普遍的なテーマへと昇華していく過程は秀逸だ。 話題性だけで売れている本も多い中、この作品は話題性と芸術性が見事に両立している。現代文学の可能性を感じさせる傑作であり、今後の著者の活動も大いに注視したい。